石見銀山の保全運動と世界遺産登録の経緯
石見銀山閉鎖後、大森の活気は急速に失われたといいます。しかし、昭和32(1957)年に地区住民が全戸加入の「大森町文化財保存会」が結成されたのをきっかけに、遺跡の保全活動が始まりました。
世界遺産に登録
銀山・町並みの保全活動
昭和42(1967)年に「石見銀山遺跡」が県の史跡に指定、昭和44(1969)年には代官所跡を始めとする竜源寺間歩など14件が国指定史跡となります。これは、鉱山関連では全国初の史跡とのこと。
昭和49(1974)年、大森の町並み調査が実施されると19軒の代官所役人宅が残されていることが判明、9軒が県の史跡指定。
昭和59(1984)年、島根県、大田市、周辺三町は「石見銀山遺跡総合整備計画」を策定、整備計画に町並み保存計画が盛り込まれました。
昭和61(1986)年、地区住民全戸加入の「大森町町並み保存対策協議会」が結成されました。同年、大田市教育委員会により町並み保存に向けての調査が行われましたが、調査当時の世帯数は約280戸、約500人。すでに約70戸の空き家があり、老人世帯が多くを占める町だったそうです。
昭和62(1987)年、「大田市伝統的建造物群保存地区保存条例」が制定。同年、銀山川に沿った大森、銀山の町並み2.8kmが、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
まちなみ街道 重伝建地区一覧
平成5(1993)年に大田市による本格的な石銀地区発掘調査が始まり、採掘、製錬の跡や関連遺物が発見されます。平成8(1996)年には島根県・大田市共同の石銀地区調査が開始しました。
21世紀に入ると、平成13(2001)年4月に石見銀山が「世界遺産暫定リスト」に掲載され、石見銀山関連の遺跡が次々に国の史跡に追加されていきます。
平成14(2002)年に「銀山柵内(さくのうち)、山城跡、港湾」が国史跡追加指定、平成16(2004)年には、温泉津の町並みが国の重要伝統的建造物群保存地区に選定。
平成17(2005)年には「石見銀山街道(鞆ヶ浦道、温泉津沖泊道)、宮ノ前地区」および「銀山柵内、羅漢寺五百羅漢、鞆ヶ浦集落、沖泊集落」が国史跡に追加指定されています。
参考リンク
愛知淑徳大学:【大森】世界遺産を目指す石見銀山
島根県:石見銀山歴史略年表
世界遺産登録の経緯
ユネスコによれば、世界遺産とは“人類共通のたからもの”とのこと。
世界遺産とは、地球の生成と人類の歴史によって生み出され、過去から引き継がれた貴重なたからものです。世界遺産にはさまざまな国や地域に住む人びとが誇る文化財や自然環境などがあります。
なかには人類の残酷な歴史を刻むもの、また戦争や自然災害、環境汚染などにより危機にさらされているものも含まれています。それらは国際協力を通じた保護のもと、国境を越え今日に生きる世界のすべての人びとが共有し、次の世代に受け継いでいくべきものです。
2001年、日本政府は「東西文明の交流に影響を与え、自然と調和した文化的景観を形づくっている、世界に類をみない鉱山である」として、国指定史跡の石見銀山を世界遺産登録の前提となる「暫定リスト」に掲載、2006年1月にはユネスコ世界遺産委員会に推薦書を提出しました。
石見銀山には以下のような普遍的価値があるとされています。
1.世界的に重要な経済・文化交流を生み出した
石見銀山の開発がきっかけとなって日本は世界有数の銀産出国に成長し、16世紀から17世紀にかけてヨーロッパが東アジアの貿易に参入することで、東西の異なる経済・文化交流が行われるようになった。2.伝統的技術による銀生産方式を豊富で良好に残す
19世紀後半、ヨーロッパの産業革命による新技術が日本に導入されたが、銀鉱石が枯渇した石見銀山では鉱山活動が衰退していったため、石見銀山遺跡には鉱山開発の伝統的技術の跡が良好に残っている。3.銀の生産から搬出に至る全体像を不足なく明確に示す
採掘から製錬まで行われた鉱山跡、外敵から銀山を守った城跡、銀や必要な物資を輸送するための二本の街道など、石見銀山遺跡には、銀の生産から搬出に至る鉱山運営の全体像が不足なく明確に示されている。また、銀の製錬には膨大な木材燃料が必要とされたにもかかわらず、森林資源の適切な管理下で供給が行われたことにより、遺跡周辺には現在も豊かな山林が残されている。鉱山に関係する遺跡と豊かな自然環境が一体となって文化的景観を形成する例は、世界的に極めて貴重。
しかし、各国から推薦された世界遺産登録候補を審査するためのユネスコ諮問機関「国際記念物遺跡会議(イコモス)」は、遺跡の普遍的価値の証明が不十分であることを理由に、2007年5月に石見銀山の登録延期を勧告しました。
これに対し日本政府代表団は、イコモスの事実誤認を指摘する他、委員会構成国の大使や専門家に、石見銀山の特徴である「山を崩したり森林を伐採したりせず、狭い坑道を掘り進んで採掘するという、環境に配慮した生産方式」を積極的に紹介、「自然との共生」をアピールしていきます。
その結果、「21世紀が必要している環境への配慮」を石見銀山がすでに実現していたことが委員の反響を呼び、6月28日にニュージーランドのクライストチャーチで開かれた世界遺産委員会での審議では、満場一致で世界遺産登録を決議、7月2日に「石見銀山遺跡とその文化的景観」の名称で世界文化遺産に登録されました。
参考リンク
asahi.com:石見銀山、『環境配慮』で逆転登録 世界遺産へ根回し成功
山陰中央新報:石見銀山世界遺産登録決定/ゴールでなくスタートだ
登録対象・登録基準
ある建築物や遺跡、地域がユネスコ世界遺産に登録されるためには、その内容が“他に類例のない固有のもの”であり、国際的に決められた判定基準に照らして“顕著で普遍的な価値”があると認められなければなりません。
ウィキペディアによれば、世界遺産の登録対象となった石見銀山の遺跡・地域、および満たされた登録基準は以下の通りです。
登録対象
銀鉱山跡と鉱山町
銀山柵内 (Ginzan Sakunouchi, 1246-001a)
代官所跡 (Daikansho Site, 1246-001b)
矢滝城跡 (Yataki-jô Site, 1246-001c)
矢筈城跡 (Yahazu-jô Site, 1246-001d)
石見城跡 (Iwami-jô Site, 1246-001e)
大森銀山伝統的重要建造物群保存地区 (Ômori-Ginzan, 1246-001f)
宮ノ前地区 (Miyanomae, 1246-001g)
重要文化財 熊谷家住宅 (House of the Kumagai Family, 1246-001h)
羅漢寺五百羅漢 (Rakan-ji Gohyakurakan, 1246-001i)
石見銀山街道
鞆ヶ浦道 (Iwami Ginzan Kaidô Tomogauradô, 1246-002a)
温泉津沖泊道 (Iwami Ginzan Kaidô Yunotsu-Okidomaridô, 1246-002b)
港と港町
鞆ヶ浦 (Tomogaura, 1246-003a)
沖泊 (Okidomari, 1246-003b)
温泉津伝統的重要建造物群保存地区 (Yunotsu, 1246-003c)
和名は島根県教育庁文化財課世界遺産登録推進室による公式サイトの表記、英語表記と数字はユネスコ世界遺産センターによる世界遺産登録物件名と世界遺産登録ID。
登録基準
(2) ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(3) 現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠。
(5) 特に、不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化(または、複数の文化)を代表する伝統的集落、または、土地利用の際立った例。
参考リンク
Wikipedia:石見銀山
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『石見銀山遺跡』見どころガイド・目次
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石見銀山の歴史
世界遺産に登録
石見銀山遺跡の見どころ
石見銀山へのアクセス・宿泊施設